鹿と会う
帰りのアパートまでの1本道。
昼間はとても気持ちよく走れる道なのだけれど、林に囲まれている箇所が多くて夜の帰り道はいつ鹿やハクビシンが出てきてもおかしくないような環境なので、できるだけ車のスピードは出さないようにしている。
あちこちに鹿注意の標識が立てられているけれど、ゆるい登り下りがあってスピードが出やすい道。
その日は帰りが遅くなって少し急いでいた。
下り坂で出たスピードのままぐんぐん走っていって、あ、これスピード出し過ぎだね、って思った。
う~ん、このまま鹿が飛び出して来たら危ないぞ、と思いながらちょっと不安になってスピードを落とす。
でもいつもよりまだ少しスピードが出ている。
鹿が出る時ってどんな感じなのかな、道の真ん中にこんな感じで立っているのかな、とイメージが浮かんできた。
そうしてカーブを早いスピードで曲がり込む。
そこに鹿がいた。
今イメージしていた姿のまんま道の真ん中に鹿が1頭立っていた。
わーっつ!!!!
急ブレーキ!!
車が変な音をしてがくんと止まった。
鹿との距離、わずか2,3メートル。
えーっつ、うそでしょう!!???
今思っていた鹿が目の前にいる!!!????
鹿はこちらを見ても何とも思わず、少しの間何をするでもなくヘッドライトの鼻先でふらふらしていた。
そうして次の瞬間我に返ったようにぴょん!っと走って林の中へ入って行った。
私はその間心臓ばくばくさせながらボーゼンとしてただ鹿がいなくなるのを待っていた。
わー、本当に鹿が出た~涙!!
こんな風に普通に道の真ん中にいるなんてやめてよ~涙!!
てゆうか頼むから夜は寝ててよ~涙涙涙!!!!
でも今のイメージしていたもの具現化早すぎないか???
と思って我に返った。
あ、そうかあれガイドの声だったんだ。
鹿がいるからそんなにスピード出しちゃだめだよって教えてくれていたんだ。
そう思った。
そうか、あの感覚か~。
急に不安になったあの感覚。
忘れないでおこう。
そんな気づきのあった帰り道のお話し。
その後他の山道ではタヌキやキツネを見かけ、線路遮断機で普通に鹿の兄弟が横断しているのを目の前で見送り、やっぱりここって八ヶ岳山麓なんだ~と実感。
ここでは夜は人間の時間じゃなくなる。
しかしまあ、びっくりしたのなんのって。。。
怖かった~(;´Д`)!!!!
***写真は日向山。花崗岩の砂で覆われた頂上には鹿の足跡♪と砂で遊んだ跡♪
夢
夢を見た。
大勢人がいる。
F21みたいな所かしら。
なんとなく夢の中の自分もそれを意識している。
込み合っているプラットフォーム。
皆列車に乗ってどこかへ行くみたい。
仲のいい男友達がいた。
前職の職場メンバーや知っている顔もちらほら。
でもみんな一緒の列車には乗らない。
それはこれからそれぞれが進んでいく世界に向かっている列車だから。
私も皆とは違う列車に乗る。
少し寂しくて急いで戻って友達にさよならを言っている。
ああ、一緒じゃないんだ。
少し泣いている。
目が覚めて、これは次元上昇していく状況をよくバシャールがプラットホームに例えているのをそのまま夢で見たのかな、と思った。
きっとこの夢のようにまさに今行き先が決まる凄い瞬間にみんないるのかな。
私の知り合いも収まるところへどんどん収まっていってる感がとてもするし。
私にもどんどん変化がやってきているのを実感。
それが早い。
身の回りで起こる出来事も自分の意識が変わっていく速度も。
大事な時だと改めて気づかせてくれてありがとうございます。
愛と感謝!
***写真は大きな空一杯に一瞬だったピンクの雲♪
ウルトラスーパー絶対的に愛を選ぶ
先日トレイシーアッシュさんのスカイプセッションを初受講!
いつも通り結果から言うと50分間ずっと「愛」についてのお話に終始。
本当は自分の他の星での過去世とかもお伺いしたかったのだけれど、50分間ではとてもとても足りず笑。
ようやく録音を書き起こし終わってきちんと読み返してみると、とってもとっても今の自分に一番必要なお話だったな、と実感。
私はこの1年ほどずっと「愛」について考えてきた。
瞑想していると時々とてつもない愛のエネルギーが降りて来るときがあって、それはとてもとても言葉には尽くしがたい素晴らしい感覚で、ただありがたくて幸せで涙が流れてくることがあるのだけれど。
そんな時、私自身がこの素晴らしいエネルギーになれたらいいのにっていつも思っていた。
もう肉体はいらないから、この愛のエネルギーだけになれたなら、3次元の自分がどれだけ尽くしても及ばないくらいの愛を簡単にみんなに分けることができるのに。
そしたら悲しんでいる人も辛い人も同じように愛で満たされて幸せな気持ちになれるんじゃないかって。
それができたらどれだけ素敵だろうって。
でも今の自分には肉体があって、だからエネルギーだけにはなれなくて、それが現実で、それがとても残念で。
だからどうやったら愛のエネルギーに肉体を持ったままなれるだろうって真剣に考えていた。
本当に考えていた。
常に自分らしく愛と幸せに満ち溢れた生き方をしていれば自分のエネルギーも上がってきて、そうすれば「愛」になれるのかしら??
自分以外の人もそれで幸せになれるような「愛」に本当になれるのかしら???
多分そんな考えをトレイシーさんは私の中に見つけてくれたんだと思う。
どうやってこの3次元で生きていったらいいかアドバイスをしてくれた。
上手くまとめられなかったので以下抜粋笑。
「自分の内側に気づかずに持ち続けてきた固定観念、価値観、常識だと思ってきたこと、それらを自分自身の中から掃除すること。
知らず知らずのうちに受け取ってきてしまった刷り込み、それを棚卸しすることによって新しいまっさらな現実に入っていくことができ、本当の意味で愛の中に自分を輝かせることができるようになります。」
「自分自身の中にパワフルで神聖な愛を持つこと、それを輝かせることによって本当に愛を分かち合うことができるようになります。
それにより相手をよい状態に変容させて癒し、その相手と確かな絆を持って行くことができます。
それがあなたにとって何より一番大切な進化であり、あなたにとって歩むべき重要な魂の旅となります。」
「自分自身の生活を神聖なものとしてみなしてください。
自分にとって最も大切なことは何か、自分にとって一番神聖なものは何か、それを常に自分の中にクリアに置いておいて下さい。
そこまで完璧に本来の自分として成長をとげたならば、人生においてもあらゆることが可能になってきます。」
「あなたがさらに進化を続けるのかそうではないのか、それはあなたがより純粋に妥協なく生きていくのかによって決まります。
愛を選んでください。
愛を選ぶということはそれはただ愛を想うだけではなく、日々の生活の態度においてそれに対して自分自身をささげていくこと、それによってそれが完成します。
あなたはまさに今その選択をできる場所にいる、それは本当に息を呑むほどに凄い瞬間にいると言えます。
ですからあなたは意識して自分の本質と違うもの、自分の気を散らそうとするもの、それを追って一つ一つ排除していくこと、それを徹底的にクリアにやっていくべきです。」
「高い自分自身のエネルギーを維持すること、それによってあなたにとって大切な方との良い愛情関係も保たれますし、あなたにとっての最高の夢の具現化をすることもできます。
そこの元にあるのが愛です。」
・・・ああ、私ってまだまだ未熟(;´Д`)
エネルギー自体になりたいとか、肉体はもういらないとか、いやそれ以前の問題だから!
私はまだこの3次元で愛自体を実践できていない!
トレイシーさんが仰ったように、純粋で神聖な愛を見出してそれを実践することができていない。
まずは自分の中をクリアにすること。
「過去に属するものは全て終幕にするべき」とも言われた。
うん、何となくわかる。
トラウマとか、そのせいで偏った考え方をしている部分とか、そういったものを全て洗い流す。
まずはそこからだな笑。
結局やっぱり自分の中のブロックをどんどん外して、クリアになっていくことでエネルギーも上がっていく、それが愛への一番の近道ということに戻って来た。
そして
「日々の生活の中で愛に身を捧げる」。
「愛を選択する」。
トレイシーさん曰く、私は今その選択ができるチャンスを与えられているようで。
もちろん迷うことなくウルトラスーパー絶対的に愛を選びます!!!!
それ以外の選択があるわけがない。
愛以上のものなんてあるわけがない!!
この日から毎日、今の自分の行動に愛はあったかな、自分の中で一番大切にしている神聖な愛はあったかな、って常に意識して振り返るようにしているのだけれど。
私が何よりも大切にしたいと思っていること、それは相手に対して常に思いやりを持ち、そして誠実でありたいということ。
それは絶対に譲れない私の中の大切なもの。
でも常にそれを持ち続けるのはとても難しい。
面白いのはそれから仕事中にお客様からちょっと理不尽な軽いクレームを頂くことが立て続けに起こって。
今まで全くなかったのに。
続けざまだったので、あれ、これは自分の愛を試されているのかな、自分の受け止め方を愛を持って学ぶためにあえて上の存在が私に与えてくれているチャンスなのかなって思った。
以前クレッグさんが言っていたように愛を持って受け止めれば相手の怒りも痛いとは感じず自分を通り抜けていく、というお話し。
だからそのたびに自分の中の愛を意識して大きくして相手を受け止めるようにしていたのだけれど。
でもやっぱり少し胸が痛かったりして受け止め切れていない笑。
そんな風に自分でコントロールできずぶれた私をまた愛に満ち溢れた気持ちに引き戻してくれたのも、わざわざ会いに来てくれた大好きな友人のさりげない愛だったりして。
こういうことかな。
これを学べと。
どんな時でも愛を持って対応すること。
ああ、ありがたいな~。
上の存在は本当に私のためにすべてを取計らってくれている。
それを確信的に感じることができるんです。
もうひとつ時々本気で考えること。
そんな上の存在に私は何をしてあげることができるだろう、と。
とんでもなくおこがましい考えなのはわかっているけれど、いつも感謝しかなくて本当にありがたくて、だから私も私を導いてくれている存在に同じように何かをしてあげたい。
そう思った時に辿り着く答えがいつも、私自身が成長すること。
それしかないんです笑。
鳥の声
私の住んでいるアパートは最寄り駅や高速出口から15分ほど車で上がったところにある。
上がるというのは標高が高くなるということなんだけれど、これが結構な坂道。
それだけで桜の開花が駅周辺よりも数日遅れるくらい。
職場はそこよりももっと標高が高いので、東京よりも1か月季節は遅い。
スーパーは駅周辺にしかないので毎週15分かけて山を下りていく。
最初はもう少し駅に近い、というか山を登らなくてもいい場所にすればよかったかな、と思ったりもしたけれど、この場所にはそれよりも代えがたいものがあるんだ。
アパートの周囲は住宅もまばらで林の中に別荘が何件かあるくらいで、アパート自体も林の中に建っているような感じ。
当然夜は真っ暗で、電気を消すと月が出ていない夜なんか部屋の中は闇。
今までの生活のように街灯や他の家の明かりや車の音なんかも全く部屋に入ってこないので、真っ暗で物音のしない状態じゃないと眠れない私にとってはこの静まり返った夜はとても素敵なんだ。
それに何より星がものすごくきれい!
たくさんたくさん瞬いている。
そんな場所に引っ越してから1か月、なぜか毎朝必ず5時20分頃に目が覚める。
何時に寝ようとも必ずこの時間に一旦目が覚める。
本当は6時に起きたいのに!
そこでもう一度眠るのだけれど、もしかしたら5時20分頃に起きるのが自分の身体にとってスピ的にベストなタイミングなのかもしれないと思うようになった。
以前ヘミシンクのセッションをした時に講師のMさんが言っていたのだけれど、私は朝6時以降に起きると身体がどんどん重くなる体質なんだそうだ。
できれば6時より前に起きた方がいいと言われていた。
前職ではシフトがあり、遅番の日は9時くらいまで寝ていた。
確かに今より身体重かった気がする。
昔からお昼まで寝るなんてこと辛くてほとんどしてこなかったし、間違って昼まで寝てしまった日にはもう一日気持ち悪くてしょうがなかった。
だから5時20分に起きるのはあながち自分の体調管理的にもスピリチュアル的にも悪くないのかも。
そう思って明日こそは自然に目が覚めた時間にそのまま起床しようと決心して寝るのだけれど、どうしても6時まで眠り直してしまう笑。
話しがそれたけれど、そうして毎朝目が覚めるとまず鳥の声がしてくる。
うん、いい朝♪
そう思ってベッドから起き上がる。
彼らはいつもきれいな声で私を起こしてくれる。
先日何もせずにゆっくりと目を閉じて外の鳥たちの声に耳を傾けてみた。
美しい鳥の声だけに集中してみる。
というか鳥の声しか聞こえないのだけれど。
いくつもの鳥の声が重なり合っている。
高音でひたすらりりりりりりり・・・と鳴いている子。
夏の虫のようにじーじーと低い声を出している子。
時々そこにキジの甲高い声が聞こえて、またせわしくおしゃべりしているような子や、なぜそんな鳴き方!?と思うようなリズムの子もいる。
区別できるだけでも聞き取ってみたらなんと10種類にもなった!
こんなにいるんだ!
今朝はそこにうぐいすとかっこうが鳴いた。
ここではかっこうが鳴いたら種まきをしてもいいと言われている。
かっこうの声はもう霜の心配をしなくてもいいという合図なんだって。
数日前庭に入った時に今年初めてかっこうの鳴く声が聞こえて、ガーデナーのNさんが「かっこうが鳴いた!」と叫んでいた。
それはもう冬のように寒くなることもなく、ようやく安心して冬服をしまうことができるという合図でもある。
確かにかっこうが鳴くまでは春らしい暖かい日が続いていたにもかかわらず突然ものすごく寒くなる日があったりして、東京から来た私はびっくりしていた。
それがかっこうが鳴いた日から突然夏日のような暑さがやって来た。
いや極端すぎるでしょ笑。
わかりやすいけれど。
私はかっこうの鳴き声がとっても好きで、長野のお庭のメンテナンスに入らせてもらっていた時も、黙々と土と草と対峙している中、かっこうが一日中ずっと鳴いていた。
それがとても心地よくて一種の瞑想状態になっていたくらい。
Nさんはだんだん気が狂いそうになると言っていたけれど笑。
これから彼らの声が毎日聞けるようになると思うと楽しみでしょうがない。
あの声を聞くだけで私は一種トランス状態に入れる笑。
もっと駅に近い住宅街に住んでいたらきっとこんなに鳥の声を朝から愛でるなんて生活できなかっただろうな、と思う。
だからこのアパートはここでいいのだ。
15分もかけて山を下る価値は十分あるのだ!
ああ、なんて素敵な生活( *´艸`)。
***写真は雪雲のように素敵なコナシの木♪
土と生きる人たち
昨日の午前中は職場敷地内にある作成中の新しい花壇のゴミ拾いをお手伝いしていた。
ここでは花壇の基礎を自分たちで作る。
(植栽デザインは別だけれど)
石を自分たちで砕いて積んで枠を作り、花壇に高さをつけるために自分たちで土を入れ込んでいく。
その土は敷地内にある林の切り崩した土を再利用している。
だから木の根っことか正体不明の根っこがたくさん混じっている。
その土を花壇の基礎となる部分に入れるわけだから、当然あらかじめできるだけ不要なものは拾っておきたい。
ショベルカーを操っている社長に通りがかりに依頼され、喜んで盛り立ての花壇の中へ♪
私は子供の頃から土が好きだった。
東京でも山に囲まれた八王子の実家は当時近所の家もまばらで地平線に落ちていく夕日を家から見ることができる場所だった。
林の中へ探検に行って基地を作ったり川でザリガニを取ったり木登りをするのが楽しくてしょうがない子供の頃の遊びだった。
何かにつけ泥んこになるのが好きで、意味もなく地面に寝転がって動物のように自分に土を擦りつけている感じだった笑。
自分でもなぜかわからないのだけれど、自然の中で土にまみれたり泥んこになっている時、自分は解放されているような感じだったんだ。
なぜか自分らしくいられて気持ちがいいというか。
それがずっと大人になっても続いていて、だからガーデンのメンテナンスで植物の中に身を置き、土に膝をつき、土を手でならし、土のにおいを感じることが楽しくてしょうがなかった。
だからこの職場の環境は私にとって嬉しくなる要素がたくさん揃っている場所なんだ。
新しい花壇の中にはすでに半分くらい土が運ばれてきていた。
何度もシャベルで掘り返され土にまみれた木の根や石ころを1本ずつ拾っていく。
湿って重たい土。
埋まっている枝は力を入れないとなかなか抜けない。
そこへ容赦なくトラックで運ばれてきた土がどんどん落とされていく。
その土のボリューム。
目の前で大きなシャベルでかき回されるとまた新たな根っこが出没してくる。
拾っても拾っても出てくる!
あっという間に長靴も手袋も湿った土でどろどろべたべたになった。
そこへ雨が降ってくる。
さらに土は重たくなる。
あ、こうやってここの人たちはこの土地を拓いていったのかな。
ふとそう思った。
この職場があるこの地はもともと生きていくのにとても大変な土地だった。
昭和初期に移り住んできた人たちが冬は極寒で痩せた土地を苦労して耕し切り拓いていった場所だ。
だから今でもここの人たちは皆驚くほどよく身体を動かして働く。
彼らを見ているとこの土地の自然と土と一緒に生きている感が半端ない。
土地を開拓するって、どれだけ大変なんだろう。
今まで考えたことなかったけれど。
山を切り崩し、石ころや枝を拾い、土をならし、腐葉土をすき込み。
きっとこうやって何度も何度も気の遠くなるほどのボリュームの土を掘り返していたのかな。
私の手なんかじゃ到底掘り返せないほどの土の重さ。
楽しむためではなく、生きるために土と付き合い続けてきた人たち。
この土地を開拓してきた人のエネルギーを感じて圧倒された日。
***写真はツリバナの木と新緑♪
具現化について
どうしよう笑、楽しい。
こっちに来てから楽しいことしかない。
ここ八ヶ岳に引っ越してきて1か月。
ようやく車生活にも慣れてきて、真っ暗な山道にも慣れてきて、週1回の遠方スーパーへの買い出しにも慣れてきたところ。
5月に入って山里ではようやく桜が満開になって、朝は日に日に萌え木色に変わっていく森の景色に心奪われ、夕方の八ヶ岳連峰を眺めた時に空に広がる雲の色ったら死ぬほど美しくて、涙が出るほど嬉しくて、ああ、なんて素敵なんだろうって心拍数があがってばっかりで。
通勤だけで毎日こんなに幸せになれている自分。
そしてここに来てからさらに具現化が日々進んでいることを実感。
仕事は私の大尊敬する師匠、ガーデンデザイナーS氏の庭がある施設。
販売をしながらありがたいことにガーデンのメンテナンス作業にも入らせてもらっている。
私にとって師匠の作るガーデンの勉強はこちらに来た一つの目的でもあるので、なんでもいいからやらせてください!という感じで、販売の仕事がお手すきの時には半日だけとか1時間だけとかでも上からのGoサインさえ出れば喜んですぐに作業着に着替えて参加させてもらっている。
想像以上に作業に参加させてもらっていることがとても驚きなのだけれど、私がここへ入社したら庭を勉強したいということをあらかじめ話していたので、それを上司も理解してくれていて、とにかく庭関係の作業を振ってくれる。
本業は販売なのに笑。
久しぶりの休みも丸一日職場に来て庭作業をさせてもらい、昼休みは毎日お庭を観察しながらお弁当を食べてもうガーデン三昧。
新しいガーデンを増設中ということもあって今は師匠も頻繁にここに通っていて、しょっちゅう顔を合わせるようになった。
今まではお庭のメンテに入っても年に1,2回奇跡的に師匠に会えるくらいで、しかも一緒に作業できるなんてことはなかった。
お庭にお手伝いに入らせてもらっているだけでも恐れ多いんだけれど笑。
でもここに来てからありがたいことに師匠と一緒に作業をする機会が30倍くらいになって、植物たちを植栽するその神の手を目の前で観察し、どんな時に何を見ているのかその視線を隣で追うことができるなんて、もうそれがどれだけ贅沢なことかっていったらあなた!!!!!
口では説明できないようなプロフェッショナルなレベルの高さを肌で実感するたびに感動しまくり、その一挙一動を見逃すまいとストーカーのように瞬きひとつせずにポケットにメモを忍ばせながら盗み見ている自分。
ああ、ずっとこれ私やりたかったんだ。
黙々と作業しながらふと気がついた。
あんなにやりたかったことが今現実になっている。
こんな幸せなことってない。
毎日感謝で胸が一杯になるばかり。
他にも具現化を日常的に実感しているところとしてはガーデン繋がりでいくと。
その日フラックス(Linum perenne)の苗を植栽していた時にガーデナーのNさんにこれは亜麻仁油とか麻の取れる植物の宿根草版なんだよと説明を受けていた。
ああ、そういえば亜麻仁油って身体に良いんだよな、でも高いしまだ食したことはないなあと思っていたら、その日の午後、お客様からの頂きものだから好きなもの貰っていっていいよ、と渡された紙袋の中に。
なんと。
亜麻仁油が入っていた。
これ本当。
もちろん一緒に入っていたお菓子とかそっちのけでこれ欲しいですとさらっと言ってさりげなく頂いてきてしまった笑。
いやびっくり!
それからスーパーが近くにないのでだいたい週1くらいで大量に買い込むというサイクルになっていたのだけれど、葉物はどうしても買いだめできないのでここのところ野菜が不足していた。
せめてトマトがあればな~トマト食べたいな~と思っていたら、これまた職場に近所の方からB品のトマトの差し入れが大量に届いた!!!
スタッフももらっていっていいよと言われ喜び勇んで両手一杯頂いてきた。
ラッキー!!!
あとはレジ金の500円が少なくなってきたな、どうしようかなと思った瞬間、次のお客様が500円差し出して「これ料替えしてください」って。
ほんとよ笑。
おもしろいくらいの具現化。
特に些細なことが笑。
なんだかマンガみたいになってきたなと思うことしばしば。
偶然と思ってもいいし、自分の意思が現実化していると思ってもいいと思うんだけど。
とにかくこちらに来てから毎日楽しいことしかなくて、本当にこんなに楽しくていいのかしらと罪悪感を危うく持ちそうになるくらいで。
いかんいかん、純粋に感謝して楽しもう、幸せだということだけを感じていよう!
だって私のガイドが言ってくれた。
「信じて」「恐れないで」「愛して」。
それだけをできるだけ意識して過ごすようにしているのだけれど、そのおかげかな。
こんな調子でこちらに来た本当の目的も早く現実にできるようになるといい。
もちろんするつもりだけれど。
今はそこに行くまでの過程。
必要なことを経験させてもらっているんだ。
それは毎日凄く実感としてある。
恐れが出てきそうな時はとにかく上を信じるようにすることで迷いがなくなる。
もう私はこちらに来た時から上の導きに身を委ねると決めたのだから。
とにかく今の状況にひたすら感謝~<m(__)m>!!!
***写真はあちこちに咲き乱れている可愛いすみれ達♪
自分に合っているもの
八ヶ岳に引っ越してから1か月。
怒涛のGWが終わり初めて2連休を頂いたので、久しぶりに新宿へ買い物へ出かけた。
こちらに来てからなんとなく少しずつ足りないものがたまっていき、買い物リストは15項目にもなっていたので、一度まとめて買い出しへ行こうと思ったのがきっかけ。
でもちょっと都会がホームシックになってたこともあって、前の夜にはうきうきが止まらなかった。
何でもいいからとにかく色々見て買い物がしたかったんだ。
久しぶりに中央本線に乗って新宿まで2時間。
八王子を過ぎたあたりから家が密集して立ち並んでいるのを見てすごく新鮮な感じがしてくる。
すごいな~みんなこんなところに住んでいるんだった。
私も1か月前まではこんなに人が多い所に住んでいたんだった。
たった1か月でこんな風に思うようになるなんてちょっと驚き。
新宿に着いて電車を降りると体が凝り固まっていたせいか、混み合うホームを歩く自分が重く感じる。
あれ?
何だろうこの感覚。
紀伊国屋の階段を上る。
身体が重い。
ん~????
そんな運動不足なわけじゃないんだけど。
てゆうかむしろ逆。
庭のメンテナンスにたくさん入らせてもらっているし、その庭がある職場の敷地自体がかなり起伏があって毎日軽い山登りしている感じだから、足腰は結構鍛えられてきていると思うんだけど。
もしかしたら私身体がもう八ヶ岳仕様に変わっているのかな、ってふと思った。
八ヶ岳仕様ってよくわからないけど笑。
実は私こっちに来てから体調がすごくいい。
いつも春先には体調を崩すんだけど今年はそんなことないし、なんとなく調子が良くないっていう漠然とした感覚が全くなくなってしまって、むしろ身体が軽くて絶好調!
だってGW中もお庭のメンテとかで丸一日体力作業を合間に入れながら、気がつけば丸2週間休みなしだったにも関わらず、全く疲れていない!!!
こっちに来てから毎日楽しいことしかなくて疲れることがない、むしろまだ働ける、くらい元気。
まあ、残業なくきちんと時間通りに帰らせてもらっていて、規則正しく早寝早起きして睡眠時間も取れているというのもあるけれど、それでもこれには驚いた。
で、この感覚思い出したんだ。
以前、あるヒーラーのおじちゃんがいて、そのおじちゃんとまるまる5時間畳の部屋に座りっぱなしでしゃべっていたにも関わらず全く疲れなかった時と一緒。
そんなに座りっぱなしだったら大抵腰が痛くなったり、足が固まったりして身体が悲鳴を上げるのに。
部屋にいるだけでずっとおじちゃんは上からのエネルギーを降ろしてヒーリングしてくれていたんだよね。
そのおじちゃんが言っていたのだけれど、都会よりも田舎の方が「降ってくるもの」の量が多いって。
「降ってくるもの」って多分宇宙からのエネルギーかなって思っているのだけれど。
きっとおじちゃんと話していた時と同じようにこの土地に「降ってくる」エネルギーにヒーリングされているんだな、私。
あのホースから降り注ぐ光を受けた植物みたいに。
こちらに来てから瞑想もとてもやりやすくなったし、特にグランディングがいい感じにできている気がする。
気がする笑。
でも瞑想を始めると東京にいた頃よりも断然エネルギーを感じるんだ。
地面からのエネルギーと宙からのエネルギー。
やっぱり体調がいい理由ってそういうことなのかなって。
で、私、東京にいた時当たり前のように毎日こんな重たい感じで生活していたのかなって何か発見した気持ちだったんだ。
同じような発見が少し前にもあった。
新しい職場に転職した最初の5日間は、週末にイベントがあったのでその準備で事務所の人がみんな出払ってしまい、私はずっと電話番だった。
やることがないのでずっとパソコンで調べものしたり、会社のHPを見てこんなことやってるんだ~って色々勉強する時間ができて良かったのだけれど。
(てゆうか入社する前に普通調べるでしょ笑)
そのパソコンを見ているという作業を丸一日していると頭が痛くなってきた。
後半はもうパソコン見るのも嫌なくらい気持ち悪くなってしまって。
前々職では輸入雑貨屋の本社でずっとパソコン作業だった。
イラストレーターで販促物作ったり、部門別商品別売上をエクセル表にまとめてたいそうなデータも作っていた。
そういう作業が好きだったし全然苦でもなかったのだけれど、ある人にそれはできるけれどあなたには合わないと言われた。
それよりも自然の中で仕事する方が絶対に合っているって。
その時はピンとこなかったのだけれど、今になってわかったんだ。
当時12時間、13時間も毎日パソコンに向かってデータ作業をしていても平気だったのに、今は8時間でもう身体が拒否反応を示している。
次に転職した植物屋では販売をしていたのでパソコンに丸一日向かい合うことはなかった。
(それがなくなっただけで万年肩こりがあっという間になくなったのも驚きだったんだけど)
だからこんなに1日集中して画面に向かったのは2年ぶりくらい。
そこで気がついた。
あ~そうか、私に合っていないってこういうことか。
当時はそれが当たり前だったからわからなかったけれど、身体が嫌がることずっとしていたんだなって離れてから初めて気がついたんだ。
でも新宿に着いてからの重たい感じは、買い物をする楽しさに紛れてすぐになくなってしまったのだけれど笑。
なぜ重たいかはわからないけれど、少なくとも新宿よりも八ヶ岳の方が断然自分の身体に合っているということは実感している今日この頃。
そうやって知らず知らずストレスに感じていることとかをどんどん開放していって、本来の自分にどんどんなっていけるといいなと思った日。
***写真は連休2日目に突如思い立って訪れた尾白川渓谷♪